The Newer New







How does one imagine when the solution is provided?

This dependency is a soft cast on a compound fracture. Buy a unassembled bookshelf and throw away the instructions. What belongs to what? We could say the images are Anti-New Topographic.No, the Newer New Topographic.


Because of the amount of imagery the average person sees daily, how would another photo benefit them? A photo of a liquor store sign that I took may be my photo of that liquor store sign that I took, but to the viewer it is just another photo of a liquor store sign.

New topographic photography functions through informing the viewer of where and what. This Newer New Topographic tells what, but leaves the where, when, why to be decided by the viewer.


What surrounds the subject? Who surrounds the subject? Though I know what was the photo’s reality, it was only its’ reality when I took the photo.






(私たちは見たことのないものを理解する時に、何らかの参照物から引用するという行為に依存していると考えます)

すでに解決法が提供されてしまったとしたら、私たちはどのようにしてその先を想像することができるでしょうか。

この「問題」と「解決法」との間の依存関係は、まるで複雑骨折をした時に包帯を巻くような行為に似ています。

組み立て式の本棚を購入したのに指示書を捨ててしまったら、どの部品がどこに属しているかが分からなくなってしまうように。

画像(image)は「反・ニュー・トポグラフィクス」(Anti-New Topographic)であると言うことができます。

またそれは「より新しいニュー・トポグラフィクス」(Newer New Topographic)と言い換えることができると考えます。

私たちが毎日見ている膨大な量の画像/形象(imagery)の中で、個々の写真はどのようにして私たちの利益になることができるのでしょうか。

そこにある私が撮影した酒屋の看板の写真が、たとえ私が撮影した「私の」酒場の写真であったとしても、その写真を見た人にとっては単なる一枚の酒屋の看板の写真にすぎません。

「ニュー・トポグラフィクス」の写真は、鑑賞者の「どこ」や「なに」といった情報伝達を通して機能します。

また、この「より新しいニュー・トポグラフィクス」(Newer New Topographic)は「なに」を伝えますが、鑑賞者によって決定されるであろう「どこ」「いつ」「なぜ」を取り残します。

「なに」が被写体を取り囲んでいたのか。「誰」が被写体を取り囲んでいたのか。撮影者である私は写真の中の現実が「なに」であったかを知っていますが、その現実性は撮影者本人である自分の現実にすぎないのです。

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